
介護老人福祉施設 西恋ケ窪にんじんホーム
「介護はプロに、家族は愛を」が合い言葉

有料老人ホームではないのだが、訪ねてみたい施設があった。
東京都国分寺市内にある特別養護老人ホームだ。
「介護はプロに、家族は愛を」というのが
運営理念を象徴する合い言葉なのだという。
なんだか気になるではないか。
敬老の日を迎えた秋の三連休に、このホームに行ってみた。
住み慣れた地域で安心して暮らせる住まい
JR中央線・武蔵野線の西国分寺駅から徒歩15分ほど。線路と並行するかのような府中街道沿いに、にんじん色を薄くやわらかくした感じのパステルカラーの建物が見える。これがお目当てのにんじんホームだ。

明るい日差しがあふれる南側は緑も豊か
訪問介護事業、通所介護事業、居宅介護事業などを通じて、高齢者や障害を持った人が住み慣れた地域で安心して暮らせるように活動してきた“にんじんの会”が、国・都・市の助成を受けて平成17年に設立した。3階はデイサービスなどの通所施設で、1・2階がショートステイと入居用の施設になっている。
老人ホームにはいろいろなタイプがある。にんじんホームは、いわゆる特別養護老人ホームだ。ちょっとまぎらわしいが、介護保険上は介護老人福祉施設という。65歳以上で心身に障害があるために常に介護を必要とし、しかも在宅介護が困難な状態の人が入所する施設である。設置主体は地方公共団体や社会福祉法人であり、入所決定は介護度その他の状況を審査した上で設置主体が行う。有料老人ホームと比べると経費が手頃なことから需要が高く、どこもたくさんの入所待機者を抱えている。入居定員45名のにんじんホームでは、およそ230名の入居待機者がいるという。
午前10時、にんじんホームに到着。明るい中央のエントランスを入ると、最初にパッと目に飛び込んできたのが左手の厨房だった。南欧風のレンガ模様の壁に大きなガラス張りの窓があり、中でランチの準備をしている様子が見える。メニューは何かなあ? どんな味かなあ? オープンキッチンのレストランにいるかのような楽しい気分になる。

キッチンからは楽しいエネルギーが発散されている
「食事はみなさんにとって最大のお楽しみですよね。その楽しさをみんなで共有できるようにと、オープンキッチン風にしました」と右手から声が聞こえてきた。法人事務長の石川正紀さんだ。エントランスの右手は、これまたオープンスタイルの事務室になっているのだ。

いつ、誰が訪ねても、気持ちのよい対応が返って来る
意表をつくような、こんな楽しい館内レイアウトは、社会福祉法人にんじんの会の理事長、石川治江さんが考えたという。そしてこの人こそ、「介護はプロに、家族は愛を」という合い言葉を紡ぎだした人なのだという。
介護保険制度の先駆けが合い言葉に込めた思い
介護保険制度が生まれる前の約20年前、日本で初めて「24時間365日、いつでもどこでも介護します」という無休の在宅サービスを始めたのが、石川さんが主宰する“NPO法人ケア・センターやわらぎ” (にんじんの会の姉妹団体)だという。介護は家族と無償のボランティアに任されていた時代に、利用者から一定額の利用料を受け取り、運営費50円を差し引いて介護ヘルパー(当時はワーカー)に支払う、介護保険の先駆けともいえるシステムを考案したのも石川さんだ。実際、介護保険制度の導入前には当時の厚生省その他からの視察や問い合わせが殺到したという。
社会福祉法人にんじんの会となったのは平成9年のことだ。現在ではにんじんホームがある国分寺市だけではなく、その周辺地域の立川市、日野市、杉並区、山梨県上野原市までのエリアに拠点を置き、地域に密着した介護保険事業や障害者の自立支援事業を展開している。また、姉妹組織ともいえるNPO法人ケア・センターやわらぎが運営する複合福祉施設が立川市にある。

座ったまま皆で楽しむ球技は生活リハビリでもある


家族介護の中で困難な一例が入浴介助だ。にんじんホームの入浴タイムは一人ずつ楽しめる個浴型。車椅子利用や寝たままでも入浴できる特殊浴槽もある。
これまでの長年の積み重ねの中から、介護理念ともいうべき「介護はプロに、家族は愛を」が生まれた。だが、今ひとつ意味がつかみきれない。すると、石川さんが説明してくれた。
「親愛の情で結ばれ、仲睦まじく暮らしていた家族が、介護が必要になると、介護する人もされる人もお互いに心身ともに疲弊してしまう例が少なくありません。例えば、排泄介助という介護一つをとっても、トイレまでの移動、衣服の着脱、排泄の始末といった具合に、実際にはさまざまな行為から成り立っています。家族なのだから、という思いだけでは介護は続きません。介護という行為のうち、プロに委ねられるところは任せ、家族は心のよりどころとなり、温かい家族であり続けてほしい。そういう思いが込められています」

ゆっくりと、やさしく、母の口元にお茶を運ぶ
そしてまさにそんな光景に、居室フロアのリビングで、出合った。初老の男性が、老いた母に、やさしくお茶を飲ませてあげている。「私は車で40分くらいのところに住んでいます。週に一度、休みの日に、こうして母を訪ねて来て、世話をしながらひとときを過ごすのが、私の楽しみです」と、男性は優しい笑顔で話してくれた。
全室個室のユニットケアとショートステイ
「入居されてから、前よりも優しい気持ちになりましたという家族の方もいます。地元の入居者が多いこともあり、会社帰りや家事の合間などを利用しての面会も多く、例えば、食事介護は自分の手でしたいというご家族もいます。介護のすべてを担うのは大変ですが、面会に来て少しでも世話ができると、充実したひとときになるのではないでしょうか。高齢者にとっても家族にとっても、ここでなら、介護は苦痛ではなく、家族同士のコミュニケーションになりますから」と話してくれたのは、施設長の北崎志保さんだ。看護師・保健師の資格を持ち、病院勤務を経て在宅看護・介護の現場でキャリアを積んできたという。
北崎さんの案内で、にんじんホーム内を見学した。ペパーミント、カモミールなどハーブの名前がついたユニットが1階に二つ、2階に三つある。ケアはユニットごとに分かれ、ゆったりとした時間が流れている感じだ。

同じフロアの各ユニットは明るく広い廊下でつながっている。
ショートステイ用の居室は2階に2部屋、1階に1部屋ある。需要が多く、調整が大変だという。いずれも居室はほぼ同じ広さで、洗面台と家具、ベッドが備えられている。いいなあと思ったのは、洗面台と居室が小物入れを兼ねたカウンターで仕切られていること。住空間としての質を高める、さりげないけれど、とても大切な配慮だ。

居室は楽しいマイホーム。80代半ばの女性の部屋は、ベッドにはぬいぐるみの数々、そして壁には人気歌手・氷川きよしさんのポスターが飾られていた。
日々の生活は入居者それぞれのリズムで進む。共通のコアタイムが食事の時間だ。朝は七時、昼は正午、夕食は6時が目安。調理は外部業者に委託しているが、職員の行き届いた指示で入居者一人ひとりの状態に応じた食べやすい形で供されている。

糖尿病などカロリー制限のある療養食にも対応しており、小分けした容器から一人ひとりの名前と食事状態を確認しながら配膳する。

取材当日のランチメニュー(ごはん、卵コロッケ、キャベツとトマトの付け合わせ、ひじき煮、みそ汁、フルーツ)
介護の場面に限らず、人は誰でも心身が疲弊すると優しさが消えてしまう。ラッシュ時の通勤電車の車内などその典型例だろう。優しさとは他者への思いやりであり、尊厳を守ることだ。人として相手を尊重することの大切さを、にんじんホームの理念ともいうべき合い言葉から再確認させられた気がする。にんじんホームのランチは、だからきっと優しい味わいなのだろうと想像しながら帰途についたのであった。
データブック
ホーム名:介護老人福祉施設西恋ケ窪にんじんホーム
事業主:社会福祉法人にんじんの会
運営主:社会福祉法人にんじんの会
住所:東京都国分寺市西恋ケ窪1−50 −1
電話:042-300-6010
FAX:042-300-6016
E-mail:nishikoi_home@ninjin.or.jp
ホームページ:http://ninjin.or.jp/
定員:45
建築構造:鉄筋コンクリート三階建て
施設概要:居室・ユニット単位のリビングダイニング・浴室(個浴/機械浴)・トイレ・厨房・事務室
利用料:入居者の介護度に応じて介護保険適用時の負担額が定められている。法制度の変化によって改訂されるため、詳細は事務室に問い合わせを。
サービス内容:全室個室のユニットケア。介護スタッフに看護職やリハビリ職が加わって健康管理を実施。食事は各ユニットのリビングダイニングで。療養食にも対応。入浴は週に2回。もちろん失禁時はそのつど清潔ケアを行う。家族の面会は8:30〜21:00の間で自由にできる。
●取材を終えて●
にんじんホームでは家族の面会が自由であり、かなり頻繁だ。毎日曜日に母親の世話を楽しみに面会にやって来る男性は、「平日は近隣に住んでいる兄弟姉妹が日替わりで面会に来ています」と笑顔で話していた。男性自身も初老といえる年代のようだが、にんじんホームに住む母を中心に、家族がつながっているのだろう。
では、子宝に恵まれなかった方や独身を通した方の場合は、面会の回数も訪れる人も、もしかしたら少ないのだろうか。つい老後の自分に身を置き換えてしまうのだが、面会が少ないとしたら、それは少し寂しいかもしれないと思った。
にんじんホームにその辺のところを聞いてみると、実際には、「生涯独身の方であっても甥御さんなどの家族が月に3〜4回、お子さんのいない方でも兄弟姉妹が交代で週に周に3〜4回は面会にいらっしゃいます」ということだった。
親子という関係だけではなく、兄弟姉妹、その子どもという具合に、人によって家族のつながりはさまざまというわけだ。入所者の皆さんが柔和な表情を浮かべていたのは、こうした家族の愛に包まれているからなのだろう。
取材した人:茂木登志子(もぎとしこ)
早稲田大学教育学部卒業。毎日新聞社出版局「毎日グラフ編集部」を経てフリーのライター&エディターに。活動テーマは「人と地球の健康」。トラベルジャーナル社「有機野菜が子どもを守る」、日本医療企画「介護保険の上手な選び方」「10兆円介護ビジネスの虚と実」、学研「食べて治すうつ症状」などの取材・執筆に参加。70代の母親と8歳の愛犬という高齢家族と暮らしている。
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