
特別養護老人ホーム ウエルハーネス上尾
「特養」は高齢者と家族を助ける命綱

さまざまなタイプの老人ホームがある。
介護を必要とする場合、とりわけ需要の多いのが
手頃な費用で入居できる特別養護老人ホームだ。
だが、待機者は全国で38万人とも言われる狭き門。
なかなか入れないため、
あきらめて他を探す例も少なくない。
いったい特別養護老人ホームとはどんなところなのか。
埼玉県上尾市の施設を訪ねてみた。
21世紀の社会に必要なのは特別養護老人ホーム
● 先祖代々の「土地で社会貢献」●
都心から電車で約40分。JR上尾駅からタクシーで約5分。ウエルハーネス上尾は、住宅街の一角に建っていた。設立2年。建物も設備もまだ新しく、スタッフも若くて活気がある。庭の一隅には豆の花が咲く菜園があり、デイサービスの利用者が中心になって世話をしているという。丹精された野菜や花が鮮やかな彩りを添え、命が息づくその様子に、人々の暮らしを感じた。
「利用者のみなさんには、ここを〝施設〟ではなく、〝住まい〟として、心地よく過ごしてもらいたい」と言うのは、施設長の吉田優さん。高齢者福祉に携わる前は、中学校で社会科の教師をしていた。転身のきっかけは、亡き両親の介護体験と先祖伝来の土地を相続したことだ。
「先祖代々、公園に土地を提供するなど、地域社会に貢献して来ました。私の代になったときに、21世紀の社会に必要なのは何かと考えたら、高齢者のための介護施設ではないかと実感したからです。実際、私も親の介護を体験しました。そのときに、もっといい方法はないか、もっといい環境で世話ができたらと思いました」
福祉や介護の修行重ねて社会福祉法人竹柿会を設立し、ウエルハーネス上尾をオープンしたのは平成17年4月1日だった。
●利用料は6万円台から4段階設定●
特別養護老人ホームの入居待機者数は全国で38万人と言われているほど需要が多い。定員50名のウエルハーネス上尾も、開設して間もなくに満員になってしまった。「でも、うちは新しいので待機数は少なくて、110名くらいです」と吉田さんが言う。
現在、上尾市を含む埼玉県中央部にある同じ規模の特別養護老人ホームの待機者数は、200人以上となっているところが多い。
老人ホームにはいろいろなタイプがある。特別養護老人ホームは介護型だ。要介護度、地域、施設によって利用料は異なるが、他の施設と比べて費用がかからないため需要が多く、待機者数の増大につながっているのだ。
ウエルハーネス上尾の場合、利用料は「介護度や経済状況に応じて異なりますが、たとえば要介護5では、月額68,190円から135,090円の4段階に分かれています」と吉田さんは説明してくれた。
玄関には全入居者の個別シューズボックスが備えられ、面会の家族も利用している。
リハビリルームの一角に設置されたスロットマシンは指先のリハビリとして人気だ。
ユニット型個室での「それぞれの生活」
●小さな町のご近所付き合い●
ウエルハーネス上尾は3階建てで、二階と三階が居室だ。それぞれ8〜10人単位の3ユニットあり、各ユニットはミニキッチンとリビングを中心に居室が配されている。10人未満の入居者を、同じ介護スタッフが、家庭的な雰囲気の中でケアする。ウエルハーネス上尾は、こうしたユニットケアを取り入れているのだ。
各フロアの廊下には、「二丁目一番地」とか「三丁目二番地」などの施設内を町内に見立てた案内板がある。これは「二階の第一ユニット」「三階の第二ユニット」という意味で、同じユニットの入居者は、いわば「ご近所さん」。認知症の入居者も多いので、自分の部屋に戻る大切な手がかりだ。
昼食前のひととき、リビングのテーブルを囲んでぬり絵を楽しんでいた女性三人組がいた。カワセミが魚をくわえる絵を色鉛筆で彩るのだが、同じ絵でも三人三様で個性が表れている。彼女たちにとって、こんなふうに共に楽しむぬり絵も、ウエルハーネス上尾での新しいご近所付き合いの一つなのかもしれない。
● 個室は自分だけの快適空間●
部屋の大きさは若干異なるが、おおむね八畳ほどのフローリング仕様だ。ベッドとデスクが備えられている。だが「ベッドになじみがなく、転倒などの恐れがある」場合は、畳を入れてふとんを敷く。自宅で暮らしていたときと同じような、「普段と変わらない生活」が大事なのだ。
70代の女性の部屋には壁一面に写真が貼ってある。「昔の元気だった頃を思い出してもらいたい」という夫の心遣いだ。
「子どもたちが独立して、これからは二人でいろいろ旅行して老後を楽しもうという矢先に脳卒中で倒れて」と苦楽を共にした老妻をいたわるように優しく見つめる。
この70代の老夫婦は自宅とホームで別れて暮らしているが、お互いを思いやるその姿に深い絆が感じられる。
入居者たちの部屋には、それぞれの個性があふれている。それは一人ひとりの人生模様でもあるようだ。
介護施設ならではの食事と入浴
●ミキサー食から糖尿病の療養食まで●
要介護の入居者にとって、楽しみは家族の面会とイチゴ狩りなどの各種イベント、そして食事だ。朝食は8時、昼食は正午、夕食は6時から。みなさん待ちかねている様子だ。なかには、リハビリを兼ねて食事の準備を手伝う女性の入居者もいる。
昼食は主菜を選べるようになっている。取材当日のランチメニューで人気だったのはそぼろ丼。ご飯の上に炒り卵とひき肉のそぼろ、緑の野菜が彩りよく盛られていた。これに香の物やお吸い物、デザートのフルーツジュースが付く。写真右側は通常のそぼろ丼。左側の奥は刻み食、手前はミキサー食。
総菜などは1階の厨房で調理され、各ユニットのミニキッチンでご飯と汁物を作って盛りつける。糖尿病の入居者にはカロリー計算して適切な分量を、噛む、飲み込むといった嚥下が難しい入居者のためには、写真のように刻み食やミキサー食が用意されていた。こういう細やかなケアは、介護施設ならではのサービスだ。
● ほっこりと温まる入浴タイムの幸福●
もう一つ、介護施設ならではのケアサービスがある。入浴だ。介護度が増すほどに、家庭での入浴は難しくなる。デイサービスなどで「入浴サービス」が好評なのは、高齢者自身も介護を担う家族もそれを実感しているからだろう。
ウエルハーネス上尾には各フロアに入浴設備があり、週2回、昼間の温かい時間帯に順番に入浴サービスを行っている。家庭の浴槽よりも入りやすい湯船で入居者一人ひとりのペースにあわせての入浴。ゆっくりできるのがいい。
高齢者が老人ホームに入居するときに、介護を担いきれない敗北感や施設に親の世話を委ねることの負い目を感じてしまい、悩む家族が少なくない。だが、家庭でできないことでも施設ならできる、というケアがある。広い湯船につかって身も心もほっこりした笑顔を見れば、家族の辛い気持ちも薄らぐのではないだろうか。
データブック
ホーム名:ウエルハーネス上尾
事業者:社会福祉法人 竹柿会
住所:362-00453 埼玉県上尾市向山一丁目14番地7
電話:048-782-0575
FAX:048-782-0590
利用料:自己負担額/681円〜953円、居住費/1970円、食費/1380円、日用品費/200円(いずれも1日当たり)
定員:52名(全6ユニット)
URL:なし
● 取材を終えて●
ウエルハーネスは造語だ。「ウエルカムとウエルフェア(福祉)のウエル、ハーネスはハーミモニーとハピネスをミックスさせました。もともとハーネスには命綱という意味もあり、利用者とその家族、そして地域のみなさんの幸せと命をつなぐ場所でありたいという思いを込めました」と吉田さんが説明してくれた。
その「幸せと命をつなぐ」ウエルハーネス上尾の入居条件は、家庭で介護できないこと、突き詰めると介護できる人がいない」ということだ。私のようなシングルだけではなく、配偶者に先立たれる、娘や息子が遠隔地にいるなど、意外に高齢者の一人暮らしは多い。住み慣れた自宅での一人暮らしが困難になったとき、手頃な利用料金で個室のある施設に入れたら安心だ。ところが、特別養護老人ホームは「65歳以上の要介護認定を受けていて、健康状態が入院医療を必要とする病状でないこと」と入居の条件を国が決めている。
ウエルハーネス上尾でも他の特別養護老人ホームと同様に「入院等も3ヶ月以内に戻れる状態であれば居室を確保していますが、それを越えると退所していただきます」と言うではないか。待機者数の多さを考えたら、いつまでも部屋を空けておくことができないのはよくわかる。でも、ひとりぼっちで、病気になったら帰るところがないのかと思うと、未来の淋しい自分の老後が心に浮かび、不安になってしまった。
人生で最も大切なものは、やっぱり健康。そう実感しながら帰路についた。
取材した人:茂木登志子(もぎとしこ)
早稲田大学教育学部卒業。毎日新聞社出版局「毎日グラフ編集部」を経てフリーのライター&エディターに。活動テーマは「人と地球の健康」。トラベルジャーナル社「有機野菜が子どもを守る」、日本医療企画「介護保険の上手な選び方」「10兆円介護ビジネスの虚と実」、学研「食べて治すうつ症状」などの取材・執筆に参加。70代の母親と8歳の愛犬という高齢家族と暮らしている。
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